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2009.07.27 肌荒れ
アメリカで住んでいたカリフォルニアのベイエリアでは、基本的に1年中湿気がなくて過ごしやすかったんですが、その代わりに肌がいつも乾燥状態でした。そんなお肌を潤ってくれていたのが、ロクシタンのイモーテルシリーズ。anti-agingも兼ねてるから、それはそれはお世話になりました。妊娠中もロクシタンのshea butterシリーズを使用。妊娠線を見事に防いでくれました。とにかくロクシタン様様だったんです。

でも湿気天国の日本に引越して来てから、イモーテルシリーズがしみるようになってしまって、鼻の周りが赤くなるくらいに肌に合わなくなってしまいました。何かで知り合いにもらったロクシタンのヴァーベナシリーズは最悪。例えばボディローションを身体に付けると、真っ赤に腫れ上がります。特に首。ヒリヒリとしみるくらい。最終的にはふき取らないとダメでした。

ロクシタンのいろんなシリーズがあるけど、持ってる中で唯一大丈夫なのがshea butterシリーズ。他の今まで愛用して来たものは合わなくなってしまいました。

それで思い出したのですが、アメリカのベイエリアに住む日本人の友達で、関東に帰る度に顔や身体が真っ赤に腫れ上がるくらいに肌荒れするって言ってた友達がいます。日本の他の場所(九州とか)に行くと治るらしい。私も岡山にいる時はこんな事はなかったんだけど、関東にいると肌荒れしやすくなるみたい。人事だと思ってたけど、まさか自分も同じ目に合うとは。この辺の何かが要因?お水?

もう1つ、アメリカに居る間には金属アレルギーとかなった事なかったのに、こっちに引越して来てからは指輪とか時計とかでなる時があります。指輪はいつもはめていたんだけど、最近では外出時だけにはめるようになりました。結婚指輪とか10年近くはめてたけど、こんな経験初めて。

ロクシタン以外にも日本に来てから合わなくなったブランドは、クラランス。ボディーのは何とか大丈夫だけど、顔のは(私に全く合わなかった)クリニーク並みのヒリヒリさに。アメリカではそんな事はなかった。

逆に合うのは(アメリカでは使ってないけど)スック、アルビオン、SK-II、オードムーゲ、シュウウエムラ、DHCかな。基本的に日本仕様のかな?今はスックとアルビオンを愛用中。

別件ですが、アメリカでしょっちゅう履いていたカンペールの靴。日本に来てから歩く量が半端じゃなくなったからかどうか不明ですが、長年愛用していたカンペールの靴も合わなくなってしまいました。カンペールで靴擦れなんて今まで何十年も1度もなかったのに。

不思議です。
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マニラから帰って来てから、ユリの食中毒騒動&夫婦で酷い風邪を引き、やっとみんな回復しました(私は前からストレスがあると胃酸過多になるんですが、今回もなりました....)。そんな間にユリはいつのまにか1歳9ヶ月になってました。

今回も成長を箇条書きしたいと思います。前の1歳8ヶ月のリストに入ってないもの/変化があった事を中心に書きたいと思います。

日本語
おかあさん/mom(これに定着しつつある。他の子がママと言っているとママと呼ぶ時もある。)
おとうさん/daddy(これも上に同じ。)
ク~リ~ス~(私が別の部屋にいるクリスを呼ぶ時に言っているので、それをまねて。)

もう、いらない。
やめて。

おとうさん(おかあさん)、どこなの/どこかな?

(遠くにいる人を呼ぶ感じで)おとうさ~ん、おかあさ~んと叫ぶ(両手を口にあててヤッホーという感じで)。

まって~。
あれ?
あついね/あついよ
すずしいなあ。
おっとっと~。

わあ~、すごい。(アメリカ人並みのリアクションで)
これ、みて。
さんぽ、いこう。
おみず
あめ(水滴の絵があると言う)
おいしいねえ。
ありがとう(お辞儀付き)

こんにちは(上に同じ)
あし(て)、いたいよ。
おかあさんといっしょの『歯みがきじょうずかな?』のイントロの曲の替え歌をよく歌う。例えば、『おむつをかえましょう』とか『おふろにはいりましょ』とか。字数的にも音程も合っているから可笑しい。
一歳です。
ユリちゃん。

おもい。おもいよ。



英語
Shall we go?/Off we go. (出かける時)

Off we go.(上の用途でも使うけれど、何故かミッキーマウスを見ると『あ、Off we goだ~』と叫ぶ。)
Chris(レゴかプレイモービルの小さい人形が幾つかあって、その中の黒人の人形の名前らしい。Chris, Chrisとユリが言ってるので、クリス(お父さんの)が『yo!』と返事をすると、全く無視してその人形と遊んでいた。)
Thank you.

Good night.
Good to see you.

Hi, mom.
How are you?

today
ball
Wow!(アメリカ人のリアクションで)


英語&日本語ミックス
見て、this/these。(何かを物差しながら)
this、かわいい。

baby、かわいい
baby、こっちきて。
Miffyちゃん



その他
絵をみて『くるま!』などと言うのは普通にするけれど、この1ヶ月でアルファベットを見分けるのが上手になった。順番に見せるのではなくて、適当にボードに書いて質問をしてみるのだけど、わかるようになったアルファベットが多くなった。今のところ毎回正解しているのは、『A』『B』『C』『E』『F』『G』『H』『I』『K』『M』『N』『O』『P』『R』『S』『T』『X』『Y』『Z』。でも大文字のみ。
数字は英語でも日本語でも1から10まで言える。
人形をたくさん並べて『いっぱいねえ。』と言う事がよくある。
歌は相変わらず大好きで、真似をするのがとても上手。

音楽のクラス(英語が主)に通い始めた。日本人の先生だけど、発音がかなり上手。外国人の親子も来ていたし、クリスも発音がネイティブ並みと言っていた。基本的にGymboreeみたいな感じだけど、フリープレイがなくて50分の間ずっと音楽、ダンス、楽器を使って遊ぶ事をやる。唯一気に入らない事は全然知らない英語の歌ばかり。クリスも知らない曲らしい。知っているのは『I’ve been working on the railroad』だけだから、親としては歌いにくい。
夏という季節や食中毒の件もあって、食欲はさほどない。大好きだったハンバーグもあまり食べなくなった。
飲むヨーグルトが好きで、ダノンのベビーヨーグルトを全く食べなくなった。

コップにこだわるようになった。いろんなコップやボトルを持っているけど、自分で引き出しを開けて、『はい』と私に渡す。気に入らないボトルやコップだと飲まない。同じ内容物なのにボトルを変えると飲んだりする。

パジャマのボタンを留められる(ことがある)。無印の大きいボタンのは1つなら留められる。

パジャマの下のズボンを履く(ことがある)。
おむつ(パンツ型)を自分で脱ぐ。

うんちをする時はソファーの横に隠れてするようになった。
パズルが上手に出来る様になった。とにかく速い。
レゴが好き。『レゴやる人?』と聞くと『は~い』と猛ダッシュでレゴの所に行く。レゴでいろんな物を作って『みてみて~』と見せにくる。
マニラに行ってから、かなり甘えん坊になった。抱っこをねだったり、人見知りも多くなった。
昼寝が長くなって、平均で2時間程。外出時に全く寝れなかった時は、16時頃にご飯とお風呂を済ませると、17時には寝てしまう。普通は7時起床、12:30~15:00お昼寝、19:30就寝という感じ。

ビスコのクリームのところしか食べない。全部食べなさいと教えても食べない。ビスケットのところは私達にくれる。
長い絵本が好きになり、ちゃんと座って最初から最後まで聞くようになった。今のユリのお気に入りは『Green Eggs and Ham』『The Gruffalo』『Drummer Hoff』『The Real Mother Goose Board Book』『Caps for Sale』『ぐるんぱのようちえん』『はじめてのおつかい』。基本的に英語のは韻を踏むタイプのが好きらしい。
前に本屋でミッフィーの本があって、ユリが『ミッフィー』と指差ししていたら、5歳くらいの男の子が『ちがうよ。それはうさこちゃんだよ。』と言っていたのが可笑しかった。
クリスが靴の中にジェル状の中敷を入れているのだけど、靴をしまっていないとそれで遊び始める。
外用のスリッパや大人の靴を履いて、家の中を歩こうとする。

『魔の2歳児』に近づいて来たのか突入してるのかわからないけど、頑固になったし、嫌な時は手で除けようとするし、泣きわめく時もある。家だと無視していればすぐに他の事をやり始めておさまるのが早いが、外出先では冷や汗もの。
ユリのお教室で『何個かのリングを棒に通していく』という作業をしていたのですが、他の子は1つ1つ棒にリングを通していたんだけど、ユリはリングを綺麗に全部重ねてから一気に棒を通していた。そこの先生は初めて見たとびっくりしていて、なんて賢いの!とほめられた。この辺はクリスに似ている?
磁石でくっつく立体パズルがあって、ユリはその球のブロックと棒状のブロックを引っ付けて、マイクのようにしてから歌を歌い始めた。
レイ・チャールズがピアノを弾きながら『ABC song』を歌うのをyoutubeで観た事があるので、ピアノを叩きながら同じ曲を歌う。
デイケアの帰りに、近くのコンビニで無くなっていた牛乳を購入。レジの人がその袋を私に渡そうとすると、ユリが手を差し伸べて持ちたいと要求。『おもいよ~』と言ったが聞かず、結局コンビニの人からその袋を貰う。でも結局重くて持てずに『おもい~』と一言。コンビニの人が吹き出して笑うくらい可笑しかった。


お手伝いは『ピザの具をのせる』『ホットケーキのたねをまぜる』『食器洗い機や洗濯機のスイッチを押す』『床のぞうきんがけ』『洗濯物をたたむ』くらいかな?

思いつくのはこれくらいでしょうか。

私は最近、幼稚園の情報集めを始めました。近所の幼稚園にみんなが通っていた岡山とは違って、ここは幼稚園それぞれに個性があるみたいだから、下調べをしてから選ばなければなりません。説明会とか参加したり、かなり面倒です。まだまだ先の事ですが。

あ~、胃が痛い。
最後にユリの最近の写真をどうぞ。




高校生の時の先生、ハイディと彼女の子供達が遊びに来ました。ちなみに2歳になったばかりの男の子の方は、信じられないくらい喋れます。3歳児みたい。会話が出来るし、センテンスが長い!上の子はそうじゃなかったらしくて、お姉さんがいた事と2ヶ月の時からデイケアに行ってるからじゃない?と言っていた。でも話にならないくらい喋るのが上手い。

1週間のマニラ旅行でしたが、かなりお金持ちの家にいたので、あれもこれもやってもらっている『live like a king』の生活でしたが、実はそれをあまり楽しめなかったです。

車でメトロマニラのあちこちを行ったり来たりしましたが、スラムの場所も見ましたし、路上で物乞いをしてる子を見たり、交差点で車が停車している間にいろいろ物を売ってる子を見たり。。。テレビで見るのより、実際に見ると想像を絶する光景。

一度、アメリカ大使館の近くでチョナが何かを聞きに行く為に車から出ました。そしたら物乞いの子(6~7歳くらいの)が現れ、チョナはお金を幾らかか渡していました。その子は40度以上ある暑いマニラの焼ける様に熱いアスファルトの上を裸足で歩いていて、痩せ細っていました。血色も悪くて、ホコリまみれな感じでした。本当に食べるものに困っている感じで、その子の顔がそれから忘れられないのです。

マリアの家に帰って、いつもの様に食卓に数十品の食事が並べられ、それを食べるキャシーちゃんやユリ。チョナの子供や親戚の子供も時々一緒に食事をしました。でもみんな『あれは美味しくない。これはいらない。あれが食べたい。』などワガママ。ご飯、デザート、飲み物、好きな時に好きなだけ好きな物が出てくる生活をしている子と、前述した子供達が同じ国に住んでいる。

ここに住んでいるメイドさん達も、基本的に何十時間も仕事をしているわけだし、住み込みだから自由に外に買い物に出たりできないだろうし。その人達の事を考えると、何か牢獄にいるような感じがして可哀想に思う事がしばしば。でも食べ物もあって住む場所があるのは、スラムに住んでいる人達と比べると幸せな方なんだなと思ってしまう。

フィリピンの平均月収は8000円程らしいです。だから例えばchildren's museumや水族館は一人800円とかで、家族で行くと2000円くらいかかります。実はどちらの場所も人があまりに少なくてびっくりしていたのですが、月収の1/4を出してまで行く場所ではないですからね。本当に余裕がある一部のお金持ちの人が、こういうカルチャーな経験が出来る場所に行ったり、クーラーのきいているモールで悠々と買い物を楽しむんですね。

以前に北京に行ったのですが、大学のカフェみたいな所で朝ご飯を食べたのですが、飲茶の食べ放題が1人20円でした。足のマッサージも2時間で1200円。何でもとにかく安くて。クリスが講演をしている間に、中国人の通訳の女の人と東京で言うと渋谷のような繁華街に出ました。そこで喉が渇いたので、私はスタバで300円のアイスコーヒーを注文しました。通訳の彼女は『そんな高いコーヒー買えない』と一言。彼女はエンジニアだから普通の人より給料はいいと思うのですが、そんな彼女にとってもスタバのコーヒーは贅沢品の1つなのでした。

ここでも土壁の今にも壊れそうな家やスラム街を車から見ました。私はドライバー付きの車に乗っていて、知り合いの高層マンションにいました。そこの家賃は月80万(これは日本でもアメリカでも高いけど)。30階建てのコンシェルジュ付きの高層マンションの24階に住んでました。北京が360度一望出来るマンションで、出会う住人はみんな白人ばっかり。おしゃれなカフェやミニスーパーも中にありました。すぐ近くにはホームレスもいるような場所でしたが、フィリピンのgated communityのように、マンションの中は別世界でした。

ユリが中学生くらいになったら、マニラでも北京でも連れて行きたいと思っています。こういう格差が世の中にある事をちゃんと実際に見てほしいと思っています。教師2年目に教えた子の一人がグアテマラに中学の時に行ったのですが、そこで私と同じ様な経験をしたそうです。それから彼女は『国境のない医師団』に入る為に医者になる決意をしたらしいです。この子は実は結構チャラチャラとした子だったのですが、夏休みにグアテマラに行って帰って来てからは別人のような子でした。私のホームルームにもいたのですが、その頃に起こった津波の被害者の為のバザーを私のクラスでやる事を決めて、彼女は率先して取り組んでいました。それから毎年グアテマラに行って、孤児院などを訪問してるそうです。ユリも彼女の様に、人の痛みがわかる思いやりのある子に育ってほしいと思っているし、自分の置かれている環境がどれだけ恵まれてるかをわかって欲しいと思っています。

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孤児院。マリアの親戚が資金的サポートをしている場所。

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炊き出し。

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この孤児院の周辺。これでもかなり良い方。もっとすごい場所がある。
さて何をいつやったかを箇条書きしたいと思います。

Day 1 (7/3, Friday):
マニラ到着。
午後にプールで遊ぶ。
車でドライブ。ローカルのバーみたいな所に伊東美咲のマキアージュの写真が使われていたのが可笑しかった。ミスドもあった。
マリアの家系の本があって、百科事典みたいになっていた。読んだらすごい家族というのがわかる。マリアのお母さんの妹(隣りに住んでいる)の旦那さんがコリソン・アキノ大統領の弟。あのマルコス&イメルダ夫婦が家に来ている写真もあった。


Day 2 (7/4, Saturday):
SM Mall of Asiaというモールへ行く。モールに入る時にセキュリティーチェックポイントがあって、バッグの中身を見せないと行けなかった(これはどこでもそうでした)。Gingersnapsというボンポワンっぽいデザインの子供服屋で服を数着購入。値段は6枚くらいで1000ペソ(2000円くらい)。安い!フィリピンはフランスブランドのJacadiの服が作られているから、そこの服も全部1/3の値段で買える。
またまたプール。
夕方にスコール。バケツの水をひっくり返したようなすごい雨と雷。

Day 3 (7/5, Sunday):
午前中に高級住宅地のマカティ市にあるRockwell Centerへ。とにかく綺麗に整備されていて、高級感漂う場所。欧米人が多数いた。ここでランチと買い物。
家に帰ってからまたプール。
夕方~22時頃までマリアの親戚一同を集めて、マリアの娘キャシーちゃんのお誕生日会。主役のキャシーよりもユリが一番目立っていた。みんなにかわいいと言われて、いろんな人に可愛がってもらっていた。ユリもこの時は何故か人見知りをしない。






Day 4 (7/6, Monday):
マニラ観光。あまりに暑いしユリがいるので、車からあまり出なかった。行った場所はサンチャゴ要塞、マニラ大聖堂、カーサマニラ博物館、サン・オウガスティン教会、リサール公園。帰りにアメイジング・フィリピンシアターという場所の前を通るのだけど、ここはイメルダが世界各国の要人が来るイベントの為に、速く乾くセメントを作って数百人の労働者を作って速く作らせようとしていて、そのセメントが弱く労働者の上に崩れ落ち、生きている人がいたのにセメントが速く固まってしまったので、数百人の人が亡くなった。でもイメルダはそのイベントの為に迅速に建物を完成させなければならず、死体の上にセメントを流し込んで、今のこの建物を完成させたらしい。
夕方プール。

Day 5 (7/7, Tuesday):
高級住宅地マカティにあるグリーンベルト&グロリエッタというショッピングエリアへ。
ムセオ・パンバタというchildren's museumへ行く。
夕方プール。
夜に女のマッサージ師が部屋で全身リンパ&指圧マッサージをしてくれた。値段はチップ込みで800円。他にもマリアのお母さんやいとこの人が同じ人からマッサージをうけたよう。あとネイリストがきていたけど、それはやらなかった。


Day 6 (7/8, Wednesday):
バリクバン・ハンディクラフトというお店へ。アメリカにいる人ならわかると思うけど、Pier 1というお店に売っているような物がかなり安い値段で売られている。インテリアに使えそうな物を数品購入。マリアはかなりインテリアの趣味が良いのだが、小物は全てここで買っているらしい(それでアメリカに送る)。
午後はマニラ・オーシャンパークという水族館へ行く。
ディナーは親戚の数人も集まり、フィリピン伝統料理の多数が用意されていた。アドボというシチューが絶品。
夜にプール。


朝の散歩(敷地内)

Day 7 (7/9, Thursday):
正午ごろにマニラ空港へ到着。見送りの人は1歩も空港に入れない。マニラ空港はやる事がなくて、時間を潰すのが大変だった。暑いし。

7/3に成田からフィリピン、マニラのニノイ・アキノ国際空港へ到着しました。JALでバルクヘッドの席、そして客が殆どいなかったので、4時間半のフライトはそれはそれは楽でした。

マニラ空港はエアコンが効いてるはずなのに暑くて暑くて。入国審査やらすぐに済み、お金もペソに両替してから到着出口に出ました。マニラ空港は迎えの人でも空港内に入れないので、外のゲートの周りに人が柵にへばりつくようにいました。車で迎えに来てもらう人は、専用の場所で自分のラストネームの最初のアルファベット(私の場合はP)の看板の下で迎えの人を待ちます(外です)。待った時間は5分くらいでしたが、暑さが半端じゃなかったです。どういう感じかというと、サウナのドアを開けた時に熱風を浴びる時の感じです。ユリには保冷剤を使っていたので冷たかったエルモのパンチ(フルーツジュース)をあげて、その暑さを乗り切ってもらいました。

そこへ赤のvolvoのワゴンが止まり、友達のマリアと彼女の妹のチョナが出てきました。早速エアコンの効いた車に乗り、荷物はドライバーさんが全部車に入れてくれました。マニラは実は何個かの市が集まって『マニラ(メトロマニラ)』と呼ばれていて、マリアの実家はメトロマニラのパサイという市にありました。アメリカにもあるけれど、フィリピンのお金持ちはgated communityといって、セキュリティーチェックポイントのあるエントランスのある大きなゲートに囲まれた中に家を持っています。マリアの所も同じですが、すごいのはその中にある全部の家が親戚ということ。ドライバーさんがクラクションを鳴らすと、セコムっぽい制服を着たセキュリティーの人がゲートを開けました。そこには周りの混沌とした景色とは違って、綺麗に手入れをされた庭やとても大きな家やプールが出迎えてくれました。

家に入るとマリアのお母さんとお手伝いさんが5人が挨拶しにやってきて、部屋に通されました。部屋は2階のトイレ&シャワー付きのお部屋。クーラーで温度調節がされていて、ものすごく快適。12畳くらいのお部屋にキングベッド、テレビ、ユリ用のおもちゃのキッチン&数々のおもちゃがありました。

早速ランチ。中国料理店にある真ん中の部分が回るテーブルがあって、座るとお手伝いさんの3人が作った6品くらいの食事が出てきました。この家にはお手伝いさんが5人、ドライバー1人、セキュリーティーの人1人、力仕事をするお手伝いさん2人が住み込みで働いています。お手伝いさん専用の家が隣りにあって、他の周りの家のお手伝いさん達もその家に部屋を持ってるらしいです。制服があって、どこの家で働いてるかわかるようになってます。お手伝いさんは常に食事を作ってるらしく、何時でもそのテーブルに座れば食事やおやつ、飲み物が出てきます。例えばコーラを飲みたいと思うと、すぐそこに冷蔵庫があっても、お手伝いさんに『コーラ取って』などと言います。食事後も自分のお皿は自分でさげる日本と違って、食べたら食べっぱなし。何から何までやってくれます。

他にも洗濯物を洗って乾かして、しわ1つない形にして服が戻ってきます。部屋の掃除やベッドメイキングも1日2回程やってくれます。他にもびっくりした事があるのですが、ユリは夜8時には寝てしまうのですが、自分の家ではモニター付きカメラで部屋の様子が見える機器を使っています。でもマニラではそれを持って来てなかったので、私も8時には寝ようかなと思っていました。そしたらマリアが『(お手伝いさんの名前)に見てもらうからエリは下に降りておいで』との事。お手伝いさん一人が上に上がって行きました。私はその人が30分おきくらいにユリの様子をそっと見ておいてくれてるんだと思っていたので、最初の日の夜はマリアの家族と長々とおしゃべりをしていました。3時間後にさあ寝ようと部屋に戻ったところ、(エアコンが効いているので寒かったのか)毛布でくるまって座ってユリのそばでユリを見ていてくれているあのお手伝いさんがいました。あまりに可哀想で、その次の日からは私も早く寝る様にしました。

ドライバーが前述の通りいるので、どこへ行くにもエアコンの効いた車で外出しました。しかもdoor to doorで、殆ど歩く必要がなかったです。買い物に行く時は荷物持ちで別のお手伝いさんが来ます。子供一人一人にナニー&お手伝いさんがついているので、食事からトイレのお世話まで全部その人達がやります。後で詳しく書くのですが、パーティーがあって、親戚一同が集まるものだったのですが、大人はおしゃべりに夢中。子供のお世話はそれぞれのお手伝いさんがやってました。

前置きは長くなりましたが、ユリは全くお手伝いさんに懐かず。普段は全く人見知りをしないのですが、ここでは私に抱っことせまるばかり。慣れていたのはマリア、チョナ、チョナの旦那さんの3人だけ。チョナ&彼女の旦那さんは自分の子供が香港で(自分たちの目の前で)誘拐されそうになった事があって、それ以来お手伝いさんに全てを任せず、子供の面倒は自分で見ているらしいです。チョナは元幼稚園教師だし、男の子二人のお母さんなので、ユリの面倒を見るのが楽しいといろいろと助けてくれました。

最初の日はとにかくお手伝いさん事情にただ吃驚していた私でした。
先日、1週間のマニラ旅行から帰ってきました。

マニラではお水や果物(厳密にいうと皮の部分)などに気をつけて、屋台では食べてはいけないなど、気をつけないと食中毒になりやすいと聞いたり読んだりしていたので、日本からユリ用にアルカリイオン水の1.5リットルのボトルや大量の幼児食レトルトを持って行きました。ユリの歯ブラシは滞在先で頂いた蒸留水のペットボトルを使って洗ったり、食器も蒸留水で洗ってもらったりして、それはそれは気をつけていました。でも最後の日にフィリピンで有名な『ハロハロ』というかき氷をごちそうになりました。私は普通に食べていたのですが、ユリがどうしても欲しいときかないので『ウベ(タロ)』のアイスクリームの部分だけをあげました。でもそこに少しかき氷が付いていたみたいで、帰国してから次の日からユリが下痢&発熱で病院に連れて行く羽目になりました。血便が出たので、細菌性の食中毒との事。今は何か詳しく調べてもらっているところですが、自分が調べた限りではカンピロバクターではないかと思います。

熱は解熱剤ですぐに下がり、下痢は抗生物質とビオフェルミンを飲ませていたのですが、30分~1時間毎にうんちで、オイルで保護&頻繁におむつ替えをしていたのに、あっという間におむつかぶれに
なってしまいました。本当に痛そうで、おしっこやうんちの度に泣いてました。それで前にも下痢の際にやった『シャワー、おむつをつけない』メソッドをやりました。シャワーで洗ってあげて、おむつなしでベランダで遊ばせてました。幸い一度も漏らさず。半日ですぐに良くなりました。

月曜のdaycareはお休み。火曜日には下痢も落ち着き、今日(水曜日)からdaycareです。この食中毒の間、おむつかぶれ時以外は普段と変わらずとても元気に遊び回ってました。

マニラや食中毒の件で疲労がピークになった私は、早速風邪を引いてしまいました。微熱もあるし、くしゃみ&鼻水、そして一番つらい頭痛があります。今日は久々にゆっくり出来ているので、身体を休めて早く回復したいです。

お水と言えば、クリスも2年程前に北京に講演に行った時に、体調を崩してました。そこでもお水に気をつける必要がありました。当分はお水が心配な国にはユリを連れて行かないと思います。
2009.07.11 森に眠る魚
マニラで時間があった時や飛行機の中で読みました。すぐにスラスラと読めたので、2回読みました。自分の事が書かれてるように思える場所とか幾つかあって(マダムの仕事復帰の所とか)怖くなるくらいでした。ママさん達は一度は読んでみるといいかも。
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2009.07.09 ただいま~
今日、無事にマニラから日本に帰ってきました。
今は成田の近くのホテルに滞在中。
明日に家に帰ります。

旅行記はまた改めて書きたいのですが、まずはご報告まで。

いろんな意味で社会勉強になりました。

では。
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