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2008.10.22 Yuri 1歳!
2007年10月21日の12:44pmに生まれたユリですが、先日1歳の誕生日を迎えました。お友達を招いての誕生日会はアメリカでやったので、誕生日当日はユリの祖父母と私達夫婦で祝いました。ユリには野菜がたっぷり入ったオムライス、パンプキンスープ、鯛の身少々の3点。大人はお刺身やら鯛の焼き魚、野菜の煮物など。もちろんユリ用のケーキもありました。おじいちゃん&おばあちゃんからは三輪車をもらい、ユリは上機嫌。私達からのプレゼントは来年の1月か2月に予定しているハワイ旅行という事で、当日は何も無し。

生まれた時は約2900グラム、49cmの小さなユリでしたが、今は9キロ、74cm。3ヶ月で首がすわり、4ヶ月で寝返り、5ヶ月でおすわり、7ヶ月でハイハイ、8ヶ月でつかまり立ち、10ヶ月で歩き始めました。赤ちゃんから幼児に一気に成長しました。

そんなユリのここ1ヶ月の変化ですが:
下の2本の歯しかなかったユリですが、1歳になる2、3日前から上の歯4本が一気に生えてきました。

ユリは結構一人でペラペラしゃべる子なのですが、11ヶ月になった頃から私達の言った事の真似をするようになっていました。例えば『イーアイ、イーアイ、オー』など。でも1歳になる2、3日前からは真似をする頻度が多くなって、最近は一人でいる時にも『かわいい』『バナナ』などを言うようになりました。もちろん『ママ』や『ダダ』も。

歌が流れると必ずといっていいほど体を左右に揺すります。『しあわせならてをたたこう』を歌うと手を叩いたり、『itchy bitch spider』という英語の曲を歌うと指を動かしたり(Gymboreeでやっていたから)します。

食べられる物や形状が増えてきました。例えばバナナはむいたままそのままかぶりつき、半分は一人で食べられます。パンも前まではあまり好きではなかったのに、今ではトースト半分は食べます。牛乳も飲めるようになっているし(但しうんちが緩くなるので1日1回)、作った離乳食を完食する事が多くなってきました。

睡眠もやっと午後8時に寝ると朝7時まで寝るようになりました。起きても1回で手を置けば寝てくれるようになりました。

1%の確率でしか起こらない赤ちゃんが横向きになっている横位になっていて、(90%の確率で成功するはずの)外回転術でも正常位に戻ってくれず、帝王切開でユリを産んだ事は昨日の事のように思い出されます。この1年大変だったけれど日々ユリの存在に癒されました。これからのユリの成長が楽しみです。

生まれた日:


1歳:
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2つ前のブログで子連れ帰国が『大変』だと書きましたが、飛行機での中ではそう大変だったような感じはしなかったでしょうが、一番大変だったのが成田に着いてからだったのです。成田に到着後はこんな感じでした。

午後4時30分に成田に到着。入国手続きや荷物受け取りはスムーズに。が、この荷物が曲者だった。今回は旅行の為に日本入りしたのではなく移住のためだったのと、12月中旬まで船便で送った荷物が届かないので、1ヶ月半なんとかやりくり出来る為の物をスーツケースに入れておく必要があった。クリスと私の物が入ったスーツケースがそれぞれ1つづつ。ユリ関係のスーツケースが3つ、ベビーカー(マクラーレン)、カーシート、カーシートを運ぶ機能が付いたベビーカー(Orbit System)の合計8点プラス手荷物。あの飛行場に置いてあるカートに全部が乗り切らず。私がユリをERGOで抱っこしながらカーシートとベビーカーを一緒に運び、クリスが残りをカートに入れて何とか移動が出来るように。

税関で日通さんに言われたように別送品(船便で送っている物)の申請書1枚を提出。簡単に通関できた。

日通さんにQLライナーという場所で2枚もらっていた別送品の申請書のもう1枚の方を提出しに行った。そうすると隣りのABCという場所に行って下さいと言われる。そこへ行くと別送品のABCは別の場所にあると言われてそこへ行く。そうすると税関のハンコが無いので、税関に戻ってハンコをもらって来て下さいと言われる。日通には税関で1枚渡し、もう1枚をQLライナーに提出して下さいと言われていたと説明しても、ハンコがないとどうにもできないとの事。ユリを抱っこしながら税関に戻ろうとするが、『No Entry』の文字。当たり前!それでまたABCに引き返し事情を説明。やっとそこの一人が一緒に税関に戻ってくれる事になった。特別なボタンを開けて入っていたので、そもそもこの人がいないと戻れなかったのに、最初からそうしてくれたら良かったのにと思っていた。税関の人は(アメリカと違い)とても親切で椅子まで用意してくれた。その人は1歳半になる子供がいるらしい。

やっと無事に入国出来て、羽田までのリムジンバスの券を購入。午後5時45分発のバスに乗る。成田から羽田は約1時間。この1時間が飛行機の中の11時間よりも大変だった。日本時間の午後5時45分といえばアメリカでは深夜の1時45分。ユリの疲労がピークに。バスは満員だし、バスだとなおさら歩いたり出来ないので、愚図ってギャン泣き手前のユリをあやしたりしたがダメ。結局最後に授乳。これでやっと落ち着いて寝た。

次の日の羽田ー岡山のフライトはJALなので第一ターミナルからだったけれど、私たちが泊まるホテルはANA側の第二ターミナル。半分寝ていた私たちは終点の第一ターミナルまで来てしまった。上で述べた荷物と(眠っていたけど降りる時に起きて憔悴しきった顔の)ユリをかかえて、地下の連絡通路で第二ターミナルへ戻る羽目に。私たち3人、とにかく疲労ですごい顔だったと思う。やっとの事で東急エクセルホテルに到着。

ホテルの部屋はアメリカンサイズに慣れていた私にはあまりの小ささに驚愕。しかもスーツケースやら8つの荷物を入れると足の踏み場がない。荷物の整理は後にして、私はユリと一緒にお風呂へ。クリスはその間に羽田のコンビニでおにぎりなどの軽食を買いに出る。成田からホテルに着くまでに日本の蒸し暑さと荷物運びのエクササイズで汗だくだった私達3人。クリスがお風呂中に私はユリにパジャマを着せて寝かせる。ユリはすぐに寝入った。この時点で午後9時頃。私とクリスはおにぎりとお茶で夕食を済ませて就寝。

寝る時間がバラバラだったフライト中やホテルまでの道のり。ユリは午前3時に起床。疲労困憊の私達を尻目にユリはとてもご機嫌。頑張って寝させようとしたけれど、全く眠たいような気配が無しで失敗。結局クリスには寝てもらい私が起きる事に。狭いホテルでもユリには格好の遊び場だったようで、スーツケースの中身をポイポイ出していた。

岡山行きの飛行機は午前8時45分に出るんだったので、7時15分頃にホテルをチェックアウト。大量の荷物をかかえて、またまた連絡通路を通って第一ターミナルに戻る。チェックインはなどはスムーズに。でもこの移動の間にユリは寝ていた。

羽田ー岡山は1時間程度。このフライトではユリが終始ご機嫌。無事に私の両親に会えた。

子連れに大量の荷物は大変すぎたので、もしもう1度やり直すとしたら、成田から岡山に直接スーツケースを送る事をやっていたと思う。それだとかなりスムーズに事が進んでいただろうと思う。でもまあ無事に実家に戻れて一安心。


日曜日に無事に実家の方へ着いたんですが、早くも月曜日には役所の方へ出向く必要がありました。なぜなら東京でアパートを借りるのや保険証などの関係で、

1)クリスの外国人登録
2)クリスの実印の印鑑登録
3)私とユリの住民票を貰う

の3点を至急やる必要があったからです。最初から岡山市役所に行けば良かったんですが、子連れだったので近所の支所でやる事に。これが間違いでした。そこの係の人2人、とてもいい人だったんですが、私達の様に海外からの移住のケースは取り扱った事がなく、メインの市役所の人に電話をしながら手続きを進めていきました。この3つをするのに3時間もかかる羽目に。余談ですが、この2人の女性は慣れない事ながらも私達に謝りながら頑張って手続きをやってくれました。他にもかなりの数の人が待っていたのですが、この二人は私たちの事と同時進行でその人たちの事もやりこなしていました。でも待たされるのが嫌な人が数人いて、この二人に怒り始めていました。この支所にはその2人の女性以外に4人の男性が働いていましたが、タバコを吸いにいったりブラブラ暇そうに歩いたり、誰かが怒り始める前までは何も対した事をせず。しかも4人のうち1人はこの2人の女性に早くやったら?みたいな事を言ってました。私はかなり前から40~60代の日本人男性の事が一番嫌いだったんですが、私が思っている典型的日本人中年男性そのもので、ものすごくイライラしました。ちなみに飛行機の中でも落とした物を拾ったりしてくれないとか、さっさと自分の事だけ考えて飛行機を降りていくのはこの年齢層の男性。嫌悪感がさらに増しました。

今回は時間がかかって出来なかったのですが、次回にしなければならない事は

1)私の実印の印鑑登録
2)児童手当の申し込み
3)母子手帳/予防接種の冊子を貰うこと

の3点。でも実際に住むところが決まったら、同じ事を新しい場所でやらなければ駄目。本当に面倒!!!

もう一つ面倒というより???と思う事なのですが、それは敷金と礼金制度。敷金はアメリカでもあるし理由がわかるからいいものの、礼金ってどうなのよって事。しかもそれに加えて不動産会社に仲介料を取られるし。今回アパートの家賃が23万円くらいなのですが、敷金2ヶ月、礼金2ヶ月、仲介料1ヶ月の23x5=115万円が入居時に必要。しかも保証人は家賃の40倍の収入がないと駄目らしい。本当にお金がかかりますねえ。




飛行機での移動って大人でも疲れますが、小さい子供がいると疲れのレベルが相当なものになります。ここで11時間近くの飛行時間をどのように過ごしたかを書き出したいと思います。

飛んだのはサンフランシスコ空港から成田。いつもはサンフランシスコから関西空港に行くのですが、ユナイテッドしか飛んでおらず、今回はサービスが良いとされる日系(JAL)を使いたかったので、サンフランシスコから成田に行く事にしました。これが大正解!なぜなら:
 ・バルクヘッドの席を用意してくれていた。
 ・ファーストクラスのお客さんより先に飛行機に入れてくれる。
 ・温かい離乳食を都合のいい時に用意してくれる。
 ・おむつ(Genki!)を4枚用意してくれている。必要があればもっとくれる。
 ・スナック(バナナ、赤ちゃん用クッキー、アップルソース、ブリオッシュ)をくれる。
 ・おもちゃもくれる。
 ・熱湯でカップやスプーンなどの使用した物を洗ってくれる。
 ・フライトアテンダントが何度も何度もチェックしにきてくれる。
 ・とにかく至れり尽くせりのサービス。
 
フライトアテンダントさんはユリの事をそれはそれは可愛がってくれ、抱っこしてくれたりあやしてくれたりしてくれました。何か必要な事がないかチェックしに来てくれたり、お水やブランケットも余分にくれたり、細かい所までの気配りがすごかったです。今回はクリスがいましたが、いなくても大丈夫と思わせるくらいのレベル。

おむつは4枚もらって、ちょうど全部使い切りました。必要があればもっとくれるらしいので、おむつを余分に何枚も持って行く必要はないです。

では覚えてる範囲で11時間の飛行時間をどう過ごしたか書きたいと思います。時間はアメリカ時間。

12:50pm 搭乗(早めの搭乗。スナックやおむつをくれる。)
1:20pm  サンフランシスコ発(めずらしくオンタイム出発!)
1:45pm-2:15pm 離乳食 (メニューはハヤシライスの様な物、パン、アップルソース)
3:00pm-4:00pm 授乳+睡眠 (なぜか興奮していて寝れず、でも眠たいのでかなり愚図ってきたので、仕方なく授乳。そのまま寝てしまう。抱っこのまま。)
4:00pm ミルク180ml(寝ている間に汗びっしょりになっていたので、水分補給もかねて。)
7:00pm-7:30pm 離乳食(この離乳食は日本のキューピーのレトルト)
10:00pm-12:00am 授乳+睡眠(また前と同じパターン。眠いのに寝ない&愚図り始めるので、授乳後にそのまま寝てしまう。)
12:20am 成田着

時間をつぶす為にやった事:
持ち込みできるサイズのスーツケースにユリの好きな本数冊、おもちゃ数個、おやつなどをつめ込んでいた。JALは高度が安定したら床に物を置いていても(バルクヘッドだったから?)何も言われなかったので、このスーツケースを前に置いて必要な物をすぐに取り出せるようにした。私達の足置きにもなって便利だった。

ユリの好きなオズの魔法使いのDVDをラップトップに入れておき、4回くらいはマンチキンのシーンを見せた。合計で1時間はこれで乗り切った。JALはエコノミーでもコンセントが付いているので、ものすごく助かった。

ユリは動き回りたかったようだが、スペースがないし危ないので歩き回らせる事はあまりしなかった。それでも踊り場の所には何度も行った。

飛行機の中だと寝付いてくれるのに時間がかかったけれど、ユリが悲鳴をあげたりする事を想像していたので、それよりはマシだった。それでもいつ奇声をあげたり大泣きしだすかヒヤヒヤしていたので精神的に疲れた。とにかくどうやってユリのご機嫌を損ねないようにしようか常に考えていなければならない状態だった。

カーシートを持って行ったんだけど、結局その中では寝ず。でもどうしても両手が必要な時などにユリを入れておけたので、持って行った価値はあったかな。

温かい離乳食は出るけれど2回しか出ないので、レトルトか何かで離乳食を持ち込んでいっていて良かった。

続く。






先日ベビーシャワーを開いてあげたRoxanneに待望の男の子が生まれました。10月16日午前5時17分に生まれ、49cm、3400gの元気な赤ちゃんでした。産む際には赤ちゃんが正常な位置ではなくて180度反対方向を向いている状態(英語ではback laborという)で、ものすごい痛みが背中にあったそうです。もちろん陣痛や赤ちゃんを押し出す時の痛みなど全てに加えて背中の痛み。それなのにアメリカで主流な無痛分娩を選ばなかったRoxanne。6時間のスピード出産でした。でも早く赤ちゃんが出過ぎた為に会陰裂傷になったらしく、産後も痛みが取れないとの事でした。

そんな中、Roxanneは電話をくれて『会いに来て』とのこと。早速Mills-Peninsula Hospitalに行って来ました。Roxanneはいつもの明るい笑顔で迎えてくれましたが、ベッドからは出られず。動くのもままならない状態。

Roxanneはブロンド&青い目の白人なのですが、旦那さんは中国系アメリカ人。赤ちゃんはどちらにも似ているとっても可愛い男の子で、私達がいる間は熟睡中でした。

帰りの車の中でいつの間にか涙が溢れてきました。自分が一年前にユリを産んだ時の事が思い出したからです。あの時の感動が昨日の事の様に思い出されました。それと同時に健康ですくすくと育ってくれているユリに恵まれた自分がとても幸せに感じました。

Roxanneとは2003年の8月に同じ学校に新米教師として赴任して以来の友達。これからは今までの様には会えなくなるけれど、お互い末永く友達でいようと約束して病院を出ました。

Eric Jr(EricはRoxanneの旦那さんの名前。まだ名前がないので。)、おばちゃんは日本からあなたの成長を見守ってるからね!








高校の時の先生であるハイディの家に夕食に招待されました。ユリはナナミちゃん(3歳)とユウキくん(15ヶ月)とそれはそれは仲良く遊んでました。ついでにお風呂にも一緒に入りました。

その模様は写真でどうぞ。






















2008.10.15 引っ越し
日本への移住は今週の金曜日。楽しみだけれどそれまでにやる事が多すぎます。

ちょっとづつ準備をしていけば良かったんですが、ユリがいるのであまり荷造りなどは出来ず。昼寝中や夜寝てからやろうと思っても、音がうるさくて起こすんじゃないかなと思っていて、何もせずじまいで今週を迎えてしまいました。

昨日(火曜日)は友達がユリのベビーシッターをしてくれ、その間にスーツケースに必要な荷物を詰め込みましたが、それをするだけでも2時間かかりました。今日(水曜日)に日通さんが荷造りから何からやってくれる事になっていたので、火曜日にはかなり楽観視していて真面目に家の片づけをしていませんでした。で、今日朝9時半から日通さんが家に来て、引っ越し準備開始。全部やってくれる事になっていましたが、『あれは持って行く、それは置いて行く』という感じでやっていたので、結局全てを終えたのが午後5時半。これと平行してレンタカーを借りに行ったり、リースしていた車を返したりする必要もありました。もちろんユリの食事もちゃんとさせて。ユリは昼寝をする場所もなく、結局レンタカーを借りに行くまでの30分しか寝る事が出来ませんでした(今ちなみに熟睡中)。

日通さんが帰った後も、ちょっとした片づけやら何やらでホテルに着いたのが午後9時前(家には何もないのでホテルに泊まる事にした)。ユリはホテルに向かう車中で寝始め、クリスも早々と寝てしまいました。私もこの後に寝ようと思います。なぜなら明日(アメリカ最後の日なのに)もやる事が何個かあるからです。車が一台しかないので、どうやってその全ての事を効率的にやり終える事ができるかが問題。

ちなみに送った箱は全てで100個(!!)。当初の見積もりでは60箱程度だったんですが、後で置いていくつもりだったキッチン用品を持って行く事にしたから、それだけで40箱も増えるなんて!うちにそんなに荷物があるなんて思いもしませんでしたが、日通さんによると駐在の人なんかは200個とかそんな数の箱を送るそうです。それに比べたら少ない方かな?この荷物は12月中旬に届くそうです。

あと1日頑張ります。
午後4時半からはユリのお誕生日会。15人の赤ちゃんに28人の大人が来てくれました。先生が親子で楽しめるアクティビティーをやってくれて、皆楽しんでくれたようで何よりでした。ユリを含め全ての赤ちゃんが動き盛りなので、Gymboreeを借りてやってよかったなと思いました。家でやるとスペースも限られてるし、赤ちゃんが自由に遊べない+親のストレスも溜まりそうだったし。

お誕生日会はこの4時半から6時半の時間しかスポットがなかったので、赤ちゃんの夕食を用意すればよかったなと後で後悔(お菓子のような物と大人用の食事しか用意していなかったので)。

でも皆が楽しんでくれた事と、ユリも最後にお友達と一緒に遊ぶ機会が会って、早めにパーティーを開いて良かったなと思いました。みんな来てくれてありがとう!!!

ユリのGymboreeのクラスの先生&ベビーシッターのDianeと彼女の娘のTaylor


マラカスで遊ぶユリ
みんなで音楽に合わせてマラカスをシャカシャカ





SFからルナちゃんも来てくれました。















ユリはDianeの事が大好き。Dianeもとてもユリを可愛がってくれます。

カップケーキでお祝い

























高校の時の英語の先生ハイディと彼女の家族と。


ユリの実際の誕生日は10月21日なのですが、その頃には日本にいるので、その前にアメリカのお友達に会える様にと思い、10月4日(土)の午後4時半からユリのお誕生日会&お別れ会を開きました。近所にあるLos Altos市のGymboreeというユリが毎週行っている赤ちゃん用の教室を貸し切って行う事にしました。

当日は急遽サンフランシスコから大学の時からの友達のBruceと彼のパートナーのNeilが遊びに来ました。Bruceとはもう10年以上も仲良くしていて、Neilは2年前からのお友達。ユリが出来る前は家に遊びに行ったり、一緒に買い物に連れて行ってくれたり、ご飯を食べに出かけたりしていましたが、最後に会ったのはユリが生まれる二日前。実はこの二人は『超』が着く程毎日多忙なんです。Bruceはリーバイス社の本社で働くバイヤー、NeilはWilliams-Sonomaのバイヤーから最近Vice-Presidentに昇進した人で、二人とも1年中世界中に出張しているんです。そんな忙しい二人がわざわざユリに会いに来てくれました。Palo Altoに最近できたSprinklesのカップケーキとNeilが働くWilliams-Sonomaの中のブランドのPottery Barn Kidsからの誕生日プレゼントを持って来てくれました。

彼らと一緒に最近近くのMountain Viewのダウンタウンに出来たuWinkというレストランに(興味本位で)行ってみました。ここは机にコンピューターが設置されていて、そこから食べ物をオーダーするしくみ。ウェイターの人は注文された食べ物を持ってくるだけ。このコンピューターで追加注文やお会計を全部済ませる事が出来ます。テーブルに座っているみんなでビデオゲームも出来るしくみらしく、まさしく私の主人の趣味にぴったり。味的にはまあまあと言った所。友達と行くにはいいかも。でも前のコンピューターが邪魔で話がしにくいんだけど。あとテクノロジーに疎い人は行かない方がいいかもしれません。

ユリは最初でこそBruceとNeilを警戒した目で見ていましたが、途中からは抱っこされたり『いないいないばあ』をしてもらったりして、ものすごくなついてました。BruceとNeilの二人も可愛いを連発しながらユリの事をそれはそれは可愛がってくれました。

左がNeil、右がBruce




本当はユリのお誕生日会に顔を出す予定だったのですが、 Bruceは次の日からメキシコへ、Neilはフランスへ出張だったので、午後4時頃にSFに帰って行きました。次に会えるのは彼らが両方とも4月に日本に出張する時。今からそれが楽しみです。

続く。


2008.10.01 母が帰って...
30日の火曜日に1週間の滞在を終えた私の母が日本へ帰りました。私の母はアメリカに8回程も来た事があるのですが、毎回空港でのお別れが辛かったんです。特にユリが生まれてから1ヶ月滞在してくれた時と、6月頃にユリに会いに来てくれた時は、次にいつ会えるんだろうという気持ちがあったので、空港で見送った後、車で涙していました。が、今回はあと3週間弱でまた会えるというのがあったので、涙を流す事はなかったです。それでも母が去った後の家は静かな感じがしました。

引っ越しの準備は徐々にですが進んでいます。先日チケットを購入。いつもは関西空港へ行くのでユナイテッドなんですが、今回は成田なのでJALで。日本製のおむつや温かい離乳食も出るそうです。高いだけあるなあ~。

日本へやっと引っ越せると嬉しい反面、こちらで出来た友達と別れるのは本当に辛いです。アメリカ版ミクシイのFacebookで、過去に教えた生徒達からたくさんのメッセージをもらいました。『先生のクラスが一番今までで好きなクラスだった』『先生のおかげで今の私がある』『先生に出会ったから、高校で日本語をとる事にした』『必ず日本に遊びに行きます』など、ここにコピペして公表したいくらい嬉しいメッセージでした。教師生活はそんなに長くはなかったですが、この子達の事を考えると『やっぱりここアメリカでまた教えたいな~』と思ったりします。

話は変わって、母が帰った日の夕方にユリが口から血を流す事件が起きました。最近ユリは紐におもちゃが繋がっていて、引っ張るとコロコロと付いて来る玩具がお気に入りなのですが、その日もルンルン笑顔で(まるで犬の散歩をしているかのように)部屋中を歩き回っていました。それを写真に撮ろうと私がカメラを向けると、いつものカメラ目線に。でもその瞬間、足が絡まって転けてしまいました。こけた時に口を机にぶつけてしまい、口から血がドロドロと流れ始めました。もちろんユリは大泣き。私もどこから血が出ているのかが見えないので、まずはユリをなだめてから見ようと思い、ユリをなだめようと抱っこ。血は幸いすぐに止まりましたが、ユリは痛かったんでしょう、30分以上も泣いたりヒクヒクしたり。その晩は何度も何度も起きました。結局、上の歯茎の真ん中辺りからの出血だったようです。ユリちゃん、ごめんね。

まとまりの無い日記で失礼しました。
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